懐中電灯でダイバー

​深海採掘で懸念される環境影響

海にもたらされる取り返しのつかない影響

物理的かく乱

海床の大部分が砂状である海域においては硬い表面を持つ団塊は海綿などの生物が固着するために必要とされている。多金属団塊が見つかる場所は特に周囲が砂地であることが多いため、多金属団塊そのものが命のゆりかごになっているケースも少なくない。例えば、深海のタコ類はしばしば海綿の死骸に卵を産み付ける。そして幼体は同じく海綿の死骸に集まる微生物を食して成体へと成長するが、その一連の繁殖・成長サイクルが海綿の土台となる団塊が無くなることによって阻害されることとなる。

実際に団塊を土台とする深海サンゴなどは団塊が存在しない海域では「ほぼ確認できない」。しかも、団塊の生成には100万年単位での年月がかかることを考えれば、団塊の回収による生態系破壊は事実上永続的である。団塊を除去してしまうことによる生態系への影響は甚大である。

さらに深海生態系では長寿命の生物がしばしば確認される。例えば、ある種の海綿は個体でも100年以上生息しているものが各地で確認されており、古いものでは東シナ海にて11000年以上生きている個体が見つかっている。

このような長寿命の生態系では世代交代にも年月を要するため、微小な変化に対応することしかできず、環境の急激な変化には極めて脆弱である。土台となる団塊が急にある海域から除去されればその代替物や生息域を見つけ世代をつなぐことは容易ではないからである。

1988年からハンブルグ大学の研究グループらを中心に行われたDISCOL試験(DISturbance and reCOLonization試験/かく乱再生試験)では深海で重機が使われる想定の下で5km近く重機を模した実験具を深海底で走行させ、その影響と生態系の回復速度を検証してきた。その2015年の再検証では25年以上も前の走行跡(わだち)がいまだくっきりと残ったままであった。商業ベースで大型重機が深海底を広範囲にわたって走行した場合の環境への影響は将来世代にわたって引き継がれることになるだろう。

 

​土煙

深海での採掘行為は広範囲に土煙を発生させ、海域を懸濁させることが懸念されている。土煙は重機の走行、上昇管からの漏出、排水、そして各種の事故から発生すると見られている。

深海の砂はそもそも微粒子を多く含み非常にサラサラとした質感で、沈殿にも時間がかかる。

 

この土砂沈降物の滞留時間、移動距離や生態系への影響は土砂の構成要素、粒子の大きさ、水温、水質などにも影響されるために一概には言えない。実験も多様な小規模実験モデルやコンピュータシミュレーションが行なわれてきた。しかし、いずれにせよ深海生物の多くは海域がしばしば懸濁し、多くの土砂が沈降してくる環境を想定した進化を遂げていないことは明らかである。

ある試算によれば、深海で運用されることが想定されている重機は56メートルの高さの土煙を生じさせる恐れがあると指摘しており、別の調査では微粒子状の土砂は完全に沈降するまで1万km以上を移動すると報告されている。

1603incirrate-larger.jpg

土砂埋没・重金属汚染・富栄養化

土煙の形で土砂が巻き上げられることは例えば小さな深海生物を土砂に埋没させることで生存を困難にしたり、エラなどを通してプランクトンをこしとるような捕食行為を行なう生物のエラを塞いでしまったりすることが懸念されている。 


他にも深海生物の中には発光することでエサをおびき寄せたり、同族へのコミュニケーションを図ったりするものがしばしば存在するが、土煙によって水が懸濁し、視野が制限されればこのような発光を通じた捕食・生殖行為も影響されることになる。
 

陸からの土砂を含む排水に対する底生生物の生存率調査になるが、ノルウェー水調査研究所のRamirez-Llodraらの研究 では移動手段があり、対処能力の高い生物では10㎝程度の堆積物では生存率に影響が出ないが、小さな生物や堆積物に脆弱な生物では3-5㎜程度の堆積物でも生存率が著しく下がることが確認されている。大規模な土煙が発生することがほとんどない深海に適応している生物の場合では後者の性質に近い生物が多かったとしても不思議ではない。
 

さらに深海採掘では多金属体を粉砕する工程を伴うために、巻き上げられる土砂には重金属などの有害金属が含まれる可能性も非常に高い。さらに、深海では金属成分が海面に近い環境とは異なる影響を及ぼすことも一部では知られている。例えば、銅は高圧低温の深海では有害性が強まり、逆にカドミウムでは強まらないことなどが確認されている。 しかし、深海鉱床の多金属体に含まれる鉱物の詳細な生体影響については十分な調査が行われていなく、そもそも深海生物の十分な生態調査さえも行われていない中ではリスクが極めて高いと評価せざるを得ない。そして排水管から中深層に投棄される土砂の中にも有害金属は含まれると見られており、影響は深海生物に限らない。上昇海流に乗ることがあれば海面付近の魚類にも影響が出ることが懸念されている。
 

また、土煙が巻き上がることによって窒素や有機物も巻き上げられることから、通常であれば貧栄養の海域に急激に富栄養化をもたらす可能性もある。これはプランクトンのバランスを乱すことになり、それだけでも大きな生態系影響をもたらす可能性が指摘されている。

whaleshark1.jpg
leatherback_map.jpg

非深海生態系への影響

深海採掘によって影響を受けるのは深海生態系にとどまらない。深海にて採掘された鉱石を含むスラリーを海面の作業船へと運ぶ工程が存在する以上、影響は深海にとどまらず水柱全域に及ぶと考えられている。

ジンベエザメとオサガメはどちらも国際自然保護連合(IUCN)がレッドリストに記している絶滅危惧種であるが、多金属団塊採掘の最も有望な採掘地はクラリオン・クリッパートン断裂帯(CCZ)付近の海域を回遊することが明らかになっている。特にオサガメはエサが豊富なCCZ海域で数ヶ月滞留することも判明している。

しかし、商業規模での深海採掘がCCZにて始まれば海域には24時間体制で作業船の作業音、海底からスラリーを海面へと送る上昇間のポンプ動作音、海底をめぐる重機の作業音など様々な騒音が充満するほか、船が照らす灯りによる光害も生じると見られる。

このような環境変化に敏感な固体は回遊ルートや滞留場所を変更すると見られるが、そのことによって生存率が影響されれば絶滅危惧種の種としての生存率を著しく圧迫することになる。

さらに、作業船や上昇管に事故が生じれば海域に重大な土砂汚染が生じることも想像に難くない。レッドリストに記載されるような絶滅危惧種の生息域には不用意に改変を加えないことは陸における様々な開発プロジェクトでは常識となっている。海洋においてその当たり前のルールが緩和されるべき理由は存在しない。

​画像(上)1995年(赤)と2011年(黒)に追跡されたジンベエザメの回遊ルート。青の楕円は多金属団塊が確認されている海域を示し、中央右の大きな海域がCCZを示す(Guzman HM, Gomez CG, Hearn A, Eckert SA. Longest recorded trans-Pacific migration of a whale shark (Rhincodon typus). Marine Biology Records. 2018;11(1):8.よりDeep Sea Mining Campaign およびMiningWatch作成)

(下)オサガメの回遊ルート。色は季節によって異なる行動パターンを示す。青の楕円は多金属団塊が確認されている海域を示し、中央右の大きな海域がCCZを示す(Benson SR, Eguchi T, Foley DG, Forney KA, Bailey H, Hitipeuw C, et al. Large‐scale movements and high‐use areas of western Pacific leatherback turtles, Dermochelys coriacea. Ecosphere. 2011;2(7):1-27.よりDeep Sea Mining Campaign およびMiningWatch作成)

mebachi.jpg

漁業への影響

東南アジア及びオセアニア諸国にとって漁業は主要産業の一つであり、特に小規模漁業者にとっては、わずかな減収が暮らしの質を大きく低下させることにつながりかねない。特にカツオ、キハダ、ビンチョウ、メバチなどの漁業収入は2018年に60億米ドルを超える産業になっている。 漁業権の販売・手数料だけでも島嶼国に5億ドルの歳入をもたらし、2万人以上の雇用へとつながっている。

これらカツオ・マグロ類もCCZを含む有望な鉱床を含む海域をめぐると見られている。特にキリバチ、ツバル両国の排他的経済水域内で多金属団塊の採掘が検討されているが、それら鉱床の海面付近はキハダ、メバチの漁場としても経済に貢献している海域であり、採掘行為を行なうことが地域経済に及ぼす影響が危惧される。 

さらに、タイ、ハタなどの水深250m程度の中深層における漁業も盛んである。 とりわけ、海山付近は生態系が豊かであり重要な漁場となっている。 この海山付近に豊かな生態系が形成されることは俗に「海山効果」と呼ばれ、漁を行なうポイント選びの重要な要素となっている。

コバルトリッチクラストへの採掘はまさにこのような海山の表面生態系を除去し、再生しにくいように岩盤を切り出してしまう行為である。海山生態系を消していくことは将来世代にわたって漁業者の漁場選択の幅を狭めてしまうことが危惧される。

画像:薄灰色の円は2001年から2010年に水揚げされたメバチマグロの捕獲位置を示す。円の大きさは捕獲数に応じて大きく示されている。青の楕円は多金属団塊が確認されている海域を示し、中央右の大きな海域がCCZを示す(Senina I, Lehodey P, Camettes B, Dessert M, Hampton J, Smith N, et al. Impact of climate change on tropical Pacific tuna and their fisheries in Pacific Islands waters and high seas areas. 14th Regular Session of the Scientific Committee of the WCPFC Busan, Republic of Korea. 2018.よりDeep Sea Mining Campaign およびMiningWatch作成)

環境影響が懸念される理由

地上で行われる採掘行為は、その負の影響を適切に管理するという点においては深海での未知なる採掘に比べて科学・工学技術も進歩を遂げているべきものである。それにも関わらず、地上での採掘では様々な環境破壊・人権の軽視がしばしば報告されている。
地上での採掘が十分に管理できないのに、人の目が届かなく、管理がさらに困難な深海で採掘を許してよいのだろうか?
深海に手を伸ばす前に、資源開発にかかわる企業は地上の採掘に伴う問題を解消するべきである。

女性スイマー
女性スイマー

​地上も危機にさらされている

フィリピンのニッケル鉱山、エクアドルの銅鉱山も鉱物採掘によって甚大な環境被害を受けようとしている。どちらも脱炭素社会の実現に必要とされている鉱物を巡っての問題である。拙速な開発はどこであったとしても取り返しのつかない問題を引き起こす可能性がある。
深海での採掘にはさらに慎重になるべきであろう。